■ 代表的な差別の2種類
その1:選好に基づく差別
特定の種類の人々とはとにかく「関わりたくない」から行う差別
┗ 老人差別、患者差別など
その2:情報に基づく差別
特定の種類の人々が「能力的に劣っている」と信じるがゆえに行う差別
┗ 人種差別、女性差別など
(~p97 『ヤバい経済学』 レヴィット&ダブナー著 東洋経済新報社)
「偏見」は、実態とは違う特徴を強調して、他者をぞんざいな扱いで済ませてしまう「手抜き」だと言える。
差別的な言動は「脳力が弱い人」で目立つ傾向がある。複雑な配慮をせずに偏見で済ませると、脳に負担がかからず簡単でラクな上、うっぷんばらしにもなることから、めんどくさがりな人は偏見にしがみつきやすい。
「偏見を惹起すると頭が悪くなる」と言う調査結果もある。偏見情報は、不安や嫌悪などの脳の「感情機能」を活発にさせる。感情回路が活発になると、脳の論理的思考能力は機能がガタ落ちになるんだ。
頭が悪い人が偏見に近づきやすい上、偏見を使うと、よけいに頭が悪くなる。
自分は何をやっているのか、彼らはどうなっているのか、おりおり状況を客観視するためのタネとして使ってみよう。
偏見を持ちにくいタイプの人はこんな人!
カテゴリー「偏見の研究 国際NEWS」
偏見のない考え方ができる人ってどんな人?
2007/11 【日本語記事】wired.jp
差別の根源は「否定的な連想を持ちやすい感受性」:研究結果
差別的でない人は、物事一般に関して「否定的な連想」をしない傾向が強い
●白人のうち約7%は、偏見テストで測定される「偏見度」が顕著に低い。
これらの人は、人種問題に限らず一般的な物事に関して否定的な連想をすることが少ない。
2007/09 EurekAlert
New study discovers why few people are devoid of racial bias
ごく一部の人々が、人種的偏見を全く持たずにいられるそのわけは
人種偏見を示さなかった被験者はわずか7%
彼らは人種うんぬんどころか、そもそもネガティブな感情の連合を形成しない人々なのであって
Robert Livingston of the Kellogg School of Management at Northwestern University and Brian Drwecki of the University of Wisconsin
否定的な感情の発露を、「偏見はダメ、差別はダメ」などの説得や理屈で抑えこむのは難しい。
楽しい体験や、メディア上にポジティブにイメージを描くなどの、感情的手当が必要とされるところ。

ということは。災害や犯罪、事件・・・不安情報によって、あれもこれもと不安になりやすい人は、「偏見持ちになる割合が高め」、という話にもなってくるのかな。
リスクの度合いに応じた「適切な不安」は、識別できますか? とかね・・・
感情に対する対策は、感情で手当をすると、効果が高い。
ポジティブな感情で、偏見を減らそう
2005/02 EurekAlert Positive emotions slash bias, help people see big picture details
ネガティブな感情は、視野狭窄をもたらす。
危険な動物に襲われる!的な、緊急の危険が迫っているときには、恐怖や怒りのような否定的情動であれこれ考える暇もなくとっさの反応をさせると、短期的サバイバルに役立つからね。
楽しい体験や幸福感のようなポジティブな感情は、長い目で見た生存率を高めてくれる。
ものごとを広くおおらかに考えることを可能にさせ、「あいつら」ではなく「わたしたち」的な慈愛の思考をはぐくんでくれる。
不安情報によって、あれもこれもと不安になりやすい人は、「視野狭窄におちいりやすい」。
不安情報を過大視する人は、偏見を持ちやすい以上に、長い目で見た生存率が、低下することも、ありえる。
『不安などの「逆境感」がもたらす悪影響』 ┗ 逆境感が強く、心理的に余裕がない中で暮らす人は、ストレスで寿命が縮まる
● 相手を多面的に知ること(一面的な理解は偏見に通ず)
● 実際の相手を体験すること→ 異なる立場の親友がいる子は成績が良い
リスクの度合いに応じた「適切な不安」は、識別できますか?
『差別解消のコツ』 
量刑はルックスしだい!?見た目で刑が重くなる人、軽くなる人
カテゴリー「偏見の研究 国際NEWS」
見た目と偏見
2003/05 The Age The gift of beauty: use it wisely
美人や美男子は、そうでもない人より「軽い判決」を受けやすい
美人や美男子は、頭がいいはずと思われがち
背の高い人は、給金が高め
ステータスの高い人は、背が高いと思われがち
そして「知的でない人間は劣等で敗者だ」と短絡的にみなす私たち
人の価値は、頭の善し悪しでは測れない。
人の価値は、その人が何を行ったか、だ。

見た目の印象が、人の運命を左右する。見た目で、他人を判断してしまっている。
「性格の良し悪し」よりも「見た目がステキか否か」のほうが、人格の判断で大きなウェイトを占めてしまいがちだというこの人間社会。
そして何より、「公正な判断を下すべき」場において、これらの「判断が偏りがちになる現象」について、裁判員にしろ司法にしろ、そして何より報道関係者において、周知されていないという現状がある。
『顔を読む 顔学への招待』 レズリー・A・ゼブロウィッツ
●目がぱっちりした男の子や左右対称の顔の女の子(=正直そうな顔の子)は、小さな目の子や歪んだ顔の同輩により嘘をつく回数が多めになる。
正直そうな顔をした人は、比較的疑われる頻度が少ないので、そのぶん嘘をつくことに抵抗が少なくなる。
●童顔の被告は、おとな顔の被告にくらべて、故意の行為のからむ犯罪にかんして有罪になることは少ない。
加えて、極端な童顔の被告は、故意の行為より不注意の行為で有罪になることが多い。
一方、とても大人びた顔の被告では、故意の行為のからむ犯罪で有罪だと判断されやすくなる。
●見た目がステキな女性の被告は、交通事故で死者を出すというような重大な結果をまねいた場合や、中年の独身男性をだますといった魅力を悪用した犯罪を犯した場合には、魅力的でない女性よりもきびしい判決を受けていた。
●交通事故関連の訴訟では、魅力的でない被害者の場合よりも、被害者の女性が魅力的な場合には、加害者が有罪になることが多く、損害賠償額も大きくなる傾向にある。
●地下鉄の社内で、魅力的でない人が倒れたときよりも、見た目がステキな男性が具合が悪くなったときのほうが、年齢性別の異なるたくさんの人たちが手を貸そうとする。
一度、この本を読んでおくと、この先の人生、いろいろと覚悟ができて良いかもしれません。
言語で態度が変わりうる!使う国語を切り替えると偏見度合いが違ってくるかも
カテゴリー「偏見の研究 国際NEWS」
バイリンガルの言葉の切り替えで、民族の好感度も切り替わる
2010/11 EurekAlert Language appears to shape our implicit preferences
言語は私たちの考えに影響を及ぼすのみならず、好き嫌いをも左右しうる
2か国語を駆使できるバイリンガルさんたちで調査。
どちらの言語に切り替えるかしだいで、人種や民族に対する好感度が変化する。
社会集団に対する態度や好感度は、お天気や流行などの些細な要素によってかなり左右されることは知られている。
今回、どの国/民族の言語を用いるかによっても、国/民族に対する好感度が変わってきてしまうことを確認してしまいました。
チラ見・チラ聞きさせられる単語を速攻で次々と分類していく心理テスト(IAT)を使用。
実験に参加してくれたのは、
●モロッコ在住の、アラビア語とフランス語のバイリンガルさんたち。
●アメリカ在住の、英語とスペイン語バイリンガルのヒスパニックさんたち。
●モロッコでは、アラビア語で心理テストをすると、モロッコ人に対する好感度が上昇。
同じ被験者がフランス語でテストを受けると、モロッコ人に対する選好は検出されなくなった。
●同様に、アメリカで、スペイン語で心理テストを受けたヒスパニックは、スペイン系の人に対する好感度が上昇。
同じ被験者が英語でテストを受けると、ヒスパニックに対する選好は検出されなくなった。
「同じ人間が、言語を切り替えるだけで、これほどまでにも異なる心を示しうるというのは、かなりショッキングでした。」
Oludamini Ogunnaike, Yarrow Dunham, Mahzarin R. Banaji.
“The language of implicit preferences”
Journal of Experimental Social Psychology Volume 46, Issue 6, November 2010, Pages 999-1003
http://dx.doi.org/10.1016/j.jesp.2010.07.006
2010/11 HarvardScience Change languages, shift responses
2010/11 Harvard College Language Appears to Shape Our Implicit Preferences
『サピア=ウォーフ仮説再考・2008』 
使う言葉によって、民族に対する好感度が変わってくる。モロッコ人はモロッコ系の言語で喋るとモロッコについて好意的に思考する。
フランス語で思考するとモロッコびいきがなくなる。
スペイン系はスペイン語で言動すると、スペイン系についての好感度が高くなる。
英語で思考するとスペイン系びいきが消える。
バイリンガル比率が少ない日本人さんにとっては、これは少々わかりづらい現象かもしれない。
ここはひとつ、方言で置き換えて考えてみるとどうだろうか。
標準語も使えるネイティブの大阪人は、「大阪弁」で思考するときと、「標準語」で思考するときとで、大阪人や関東人に対する心持ちは違ってくるだろうか。
標準語も使えるネイティブの東北人は、「東北弁」で思考するときと、「標準語」で思考するときとで、東北や東京に対する心持ちは違ってくるだろうか。
東北弁も使える名古屋人は、「東北弁」で思考するときと、「名古屋弁」で思考するときとで、東北や名古屋に対する心持ちは違ってくるだろうか。
・・・自分は標準語と大阪弁のバイ(どっちかというと大阪ディアスポラ)だが、「大阪弁を用いると大阪選好が強く出うる」点については強く首肯する。ただし、大阪弁に関しては、メディア上の吉本のさばり影響が尋常ではない異常な状態にある言語なので、九州弁/名古屋弁/東北弁/沖縄言葉などのほかの主要方言とは、単純には同列に扱えない可能性がある。
国内方言におけるご当地選好みたいな心理現象について、特に研究がなされていないのであれば、誰かここはちょいと手を出してみると面白いかもしれない。

しかし、こうして考えると、大手メディアも、標準語一辺倒ではなく各地方言を多用していれば、各地方の不当な自尊心低下(こんな地方で何ができる/うちら田舎もんですからetc.)を引き起こすこともなかったかもしれないんだよね。



今現在、世界の言語は、大量絶滅が激甚進行中。さまざまな民族の言葉が、どんどん失われていっている。
『言語消滅=思考の貧弱画一化』 民族独自の言語は、民族のプライド(選好)と直結している。
民族の言語が、メジャーなヨソモノ言語に取って代わられると、自民族についての選好度も削り落とされてしまう。
自民族/地方文化を守りたければ、自民族言語/地方方言を、保護するべきだ。
言葉が心を守る。言葉を守らなければ、言葉で共有すべき心は失われる。
自民族に対する偏向と偏見について、使用言語も含めた大きな枠から、ひととおり見なおしてみるのも乙かもしれない。

死者の種類がこんなに違う!高齢者の運転より若者の運転のほうが周りには危険
カテゴリー「偏見の研究 国際NEWS」
高齢ドライバーは一人で事故りがち
In defense of older drivers 2012/04 EurekAlert
「高齢のドライバーは、運転が下手だから事故りやすいんだぞ」という話はどうやらガセっぽい。
● カナダでの調査(であるがゆえに、多少は日本の状況とは異なる部分がある)
85歳以上のドライバーが関わる死亡事故、お亡くなりになった人の8割は、運転者自身。
逆に、15〜59歳の年齢層の運転者では、死亡者は7割近くが運転者以外となる。
実際にはかくのごときであるにもかかわらず、おおかたのカナダ人が、高齢者の運転は交通安全への多大なる脅威であると信じています。
高齢者は、事故率が少ないハイウェイよりは、交差点が多くてもとより事故を起こしやすい「一般道」を頻用する。
また、単独事故で高齢者自身が負傷する結果、警察への通報となり記録が残りやすい。
高齢者に運転をあきらめさせるにしても、間違った思い込み情報を根拠扱いして話を進めるのはおやめなさい。

高齢ドライバーは、「加害者」になる率は低い。事故については単独事故にご注意を。
「単独事故で高齢者自身が負傷する結果、警察への通報となり記録が残りやすい」というのは、あちらは日本とはだいぶ交通法規とか免許制度とか異なるお国柄だったと思うんで、これたぶん、「事故っても免停とかない」「誰かをはねてもその場で示談」「あまり交通法規云々で警察にはお世話になることはない」とかあるんじゃないかと思います。
日本に当てはめるとすれば、
・高速道路を使い慣れていないので、たまに逆走で話題になる
・単独事故はメディアで報道される率が低め
とかに関わってくるでしょうか。
そういえば、逆走や「踏み間違いで発進」的な単独事故の報道では高齢者、「誰かを巻き込んで悲惨な事故」はお若い現役世代が、交通事故報道では多く登場しますね。
しかし、気になるのは、この調査で設定されている「高齢」の年齢。
「85歳以上」なんですよね。
欧米では85がわりと区切りとして用いられているらしい。日本ではあまり見かけない区切りだけれど、85歳というと、なぜか日本の平均寿命に近い年齢ですね。
別途 オーストラリアでの調査 によれば、
・74歳以下では大きなミスは少ない
・85歳以上では確認ミスが有意に多かった
との結果がでたとのこと。
日本では高齢者というと、65とか70とかあたりが境目にされがちだけれど、もしかすると、この境目設定は、調査項目によっては不適切なものなのかもしれない。

ここでひとつ留意したいのは、一言で高齢者とよばわっても、その内実は実に多様であるということ。
長い人生、各人何十年も、それぞれの環境で、さまざまな人生で、多様な健康状態と経験を経てきた高齢者たちは、若い連中の状態とは比較にならないほどはるかに、人体機能・認知機能に多様な格差を抱えている。
同じ年齢であっても、かたや寝たきり、かたや隠遁者、かたや現役バリバリアスリートと、ほんとにうかつに「高齢者」と一概にくくること自体がすでに差別ではないか、とみなしうるほどに多様な人々が含まれてくる。
日本には、稀有な例ではあろうけれど、100歳で普通に軽トラ運転して仕事なさっている男性もいらっしゃる。
個々人のありようの多様さを一顧だにしない「**歳以上は資格剥奪」的な思考は、傍目には「個々人の多様さを無視した十把一絡げの差別扱い」と変わるところはない。すなわち「高齢者差別」。
実は多様な人々を、やむをえずひっくるめて扱わねばならない場合、「どのような思い込みを持って扱ってしまっているか」について自覚的であれること。
あの人と、この人は、違うことに、自省的であれること。
そうすれば、ほかならぬ自分自身が、健やかな加齢の道を歩めるようになるんですよ。
『高齢者差別、加齢と思い込みをチェック!』 ┗「年寄りはこうなる」と思い込んでいる人は老けやすい!

おまけ情報 追記:時事ドットコム:【図解・社会】交通事故死者数の推移
「交通事故死者11年連続減、高齢者対策効果か」
65歳以上の高齢者の死者数(速報値)は、全体の減少幅より大きい7.7%減の2262人だった。同庁は「広報・啓発などによる高齢者対策が効果を上げた」としている。

ツイッターで偏見つぶやきを数えてみると?
カテゴリー「偏見の研究 国際NEWS」
ソーシャルメディアでは、てんかんについての認識が、妙なことになっている
EurekAlert Is Twitter reinforcing negative perceptions of epilepsy?
てんかんが Twitter上ではどう表現されているのか、分析してみると・・・
てんかんについての言及4割が、侮蔑的なものだった
ひどい発言に対して、諌めのtweetもあることにはあるが、偏見の再生産を抑えるためにはもっと強いアクションが必要ではないだろうか
Epilepsy in the Twitter era: A need to re-tweet the way we think about seizures http://dx.doi.org/10.1016/j.yebeh.2011.10.020

上記のてんかんについての調査は、英語圏なので「"seizure" or "seizures"」をキーワードにして実施された。この手の調査を行う場合、言語環境によって向き不向きが大きくわかれてしまうような。
日本で同じ調査を行うとすると、「てんかん」もしくは「癲癇」でサーチすることになるわけだけれど、「癲癇」表記は使用頻度が低い、「てんかん」表記では「せいてんかん」とか「きぶんてんかん」とか関係のないノイズがたくさんひっかかってくる。ちょうどいい感じに使えそうなサーチ用のワードが乏しい。
ぱっと見の感触では、日本におけるTwitter上の「てんかん」言及には、さほど差別的なものは見当たらないようではあります。どちらかと言えば、「てんかんについて、きちんと知ってもらおう」的な啓蒙がらみの情報発信のほうが多く目に付き、健全な状態に見える。
日本のつぶやき上で、病状に対する不当な侮蔑傾向の存在を観察できそうなものとしては、何があるだろうか。
「統合失調症」あたりはどうかな、日本語圏での「統合失調症」の使われ方は、英語圏での「てんかん("seizure" or "seizures")」のポジションに近い部分がないだろうか・・・
いや、それでも、日本の統合失調症TLは、健全と侮蔑のつぶやき数を比べてみても、「言及4割が侮蔑的」にはほど遠い健全さではないか。
どうしたんだ英語圏。
どんな文化的背景があって「てんかん言及4割が侮蔑的」になっちゃってるんだ英語圏。





RSSフィード



