偏見の心理学→ 偏見チェックの心理テスト

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言語で態度が変わりうる!使う国語を切り替えると偏見度合いが違ってくるかも

カテゴリー「偏見の研究 国際NEWS」

バイリンガルの言葉の切り替えで、民族の好感度も切り替わる

偏見の心理学→ 2010/11 EurekAlert Language appears to shape our implicit preferences
言語は私たちの考えに影響を及ぼすのみならず、好き嫌いをも左右しうる
 2か国語を駆使できるバイリンガルさんたちで調査。
 どちらの言語に切り替えるかしだいで、人種や民族に対する好感度が変化する

 社会集団に対する態度や好感度は、お天気や流行などの些細な要素によってかなり左右されることは知られている。
 今回、どの国/民族の言語を用いるかによっても、国/民族に対する好感度が変わってきてしまうことを確認してしまいました。

 チラ見・チラ聞きさせられる単語を速攻で次々と分類していく心理テスト(IAT)を使用。
実験に参加してくれたのは、
●モロッコ在住の、アラビア語とフランス語のバイリンガルさんたち。
●アメリカ在住の、英語とスペイン語バイリンガルのヒスパニックさんたち。

●モロッコでは、アラビア語で心理テストをすると、モロッコ人に対する好感度が上昇。
 同じ被験者がフランス語でテストを受けると、モロッコ人に対する選好は検出されなくなった。

●同様に、アメリカで、スペイン語で心理テストを受けたヒスパニックは、スペイン系の人に対する好感度が上昇。
 同じ被験者が英語でテストを受けると、ヒスパニックに対する選好は検出されなくなった。

 「同じ人間が、言語を切り替えるだけで、これほどまでにも異なる心を示しうるというのは、かなりショッキングでした。」

Oludamini Ogunnaike, Yarrow Dunham, Mahzarin R. Banaji.
“The language of implicit preferences”
Journal of Experimental Social Psychology Volume 46, Issue 6, November 2010, Pages 999-1003
http://dx.doi.org/10.1016/j.jesp.2010.07.006

2010/11 HarvardScience  Change languages, shift responses
2010/11 Harvard College Language Appears to Shape Our Implicit Preferences

科学に佇む心理学→ 『サピア=ウォーフ仮説再考・2008』

「先入観、暗示、思い込み」


ouch 使う言葉によって、民族に対する好感度が変わってくる
 モロッコ人はモロッコ系の言語で喋るとモロッコについて好意的に思考する。
 フランス語で思考するとモロッコびいきがなくなる。
 スペイン系はスペイン語で言動すると、スペイン系についての好感度が高くなる。
 英語で思考するとスペイン系びいきが消える。

 バイリンガル比率が少ない日本人さんにとっては、これは少々わかりづらい現象かもしれない。

 ここはひとつ、方言で置き換えて考えてみるとどうだろうか。

 標準語も使えるネイティブの大阪人は、「大阪弁」で思考するときと、「標準語」で思考するときとで、大阪人や関東人に対する心持ちは違ってくるだろうか。

 標準語も使えるネイティブの東北人は、「東北弁」で思考するときと、「標準語」で思考するときとで、東北や東京に対する心持ちは違ってくるだろうか。

 東北弁も使える名古屋人は、「東北弁」で思考するときと、「名古屋弁」で思考するときとで、東北や名古屋に対する心持ちは違ってくるだろうか。

 ・・・自分は標準語と大阪弁のバイ(どっちかというと大阪ディアスポラ)だが、「大阪弁を用いると大阪選好が強く出うる」点については強く首肯する。ただし、大阪弁に関しては、メディア上の吉本のさばり影響が尋常ではない異常な状態にある言語なので、九州弁/名古屋弁/東北弁/沖縄言葉などのほかの主要方言とは、単純には同列に扱えない可能性がある。

 国内方言におけるご当地選好みたいな心理現象について、特に研究がなされていないのであれば、誰かここはちょいと手を出してみると面白いかもしれない。

「先入観、暗示、思い込み」


 しかし、こうして考えると、大手メディアも、標準語一辺倒ではなく各地方言を多用していれば、各地方の不当な自尊心低下(こんな地方で何ができる/うちら田舎もんですからetc.)を引き起こすこともなかったかもしれないんだよね。

 今現在、世界の言語は、大量絶滅が激甚進行中。さまざまな民族の言葉が、どんどん失われていっている。
 科学に佇む心理学→ 『言語消滅=思考の貧弱画一化』

 民族独自の言語は、民族のプライド(選好)と直結している。
 民族の言語が、メジャーなヨソモノ言語に取って代わられると、自民族についての選好度も削り落とされてしまう。
 自民族/地方文化を守りたければ、自民族言語/地方方言を、保護するべきだ。
 言葉が心を守る。言葉を守らなければ、言葉で共有すべき心は失われる。

 自民族に対する偏向と偏見について、使用言語も含めた大きな枠から、ひととおり見なおしてみるのも乙かもしれない。

「先入観、暗示、思い込み」
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死者の種類がこんなに違う!高齢者の運転より若者の運転のほうが周りには危険

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高齢ドライバーは一人で事故りがち

偏見の心理学→  In defense of older drivers 2012/04 EurekAlert
「高齢のドライバーは、運転が下手だから事故りやすいんだぞ」という話はどうやらガセっぽい。

● カナダでの調査(であるがゆえに、多少は日本の状況とは異なる部分がある)

 85歳以上のドライバーが関わる死亡事故、お亡くなりになった人の8割は、運転者自身

 逆に、15〜59歳の年齢層の運転者では、死亡者は7割近くが運転者以外となる

 実際にはかくのごときであるにもかかわらず、おおかたのカナダ人が、高齢者の運転は交通安全への多大なる脅威であると信じています。

 高齢者は、事故率が少ないハイウェイよりは、交差点が多くてもとより事故を起こしやすい「一般道」を頻用する。
 また、単独事故で高齢者自身が負傷する結果、警察への通報となり記録が残りやすい。

 高齢者に運転をあきらめさせるにしても、間違った思い込み情報を根拠扱いして話を進めるのはおやめなさい。


「先入観、暗示、思い込み」


pachikri 高齢ドライバーは、「加害者」になる率は低い。
 事故については単独事故にご注意を。

 「単独事故で高齢者自身が負傷する結果、警察への通報となり記録が残りやすい」というのは、あちらは日本とはだいぶ交通法規とか免許制度とか異なるお国柄だったと思うんで、これたぶん、「事故っても免停とかない」「誰かをはねてもその場で示談」「あまり交通法規云々で警察にはお世話になることはない」とかあるんじゃないかと思います。

 日本に当てはめるとすれば、
・高速道路を使い慣れていないので、たまに逆走で話題になる
・単独事故はメディアで報道される率が低め
とかに関わってくるでしょうか。
 そういえば、逆走や「踏み間違いで発進」的な単独事故の報道では高齢者、「誰かを巻き込んで悲惨な事故」はお若い現役世代が、交通事故報道では多く登場しますね。

 しかし、気になるのは、この調査で設定されている「高齢」の年齢。
 「85歳以上」なんですよね。
 欧米では85がわりと区切りとして用いられているらしい。日本ではあまり見かけない区切りだけれど、85歳というと、なぜか日本の平均寿命に近い年齢ですね。

 別途 オーストラリアでの調査 によれば、
・74歳以下では大きなミスは少ない
・85歳以上では確認ミスが有意に多かった

との結果がでたとのこと。

 日本では高齢者というと、65とか70とかあたりが境目にされがちだけれど、もしかすると、この境目設定は、調査項目によっては不適切なものなのかもしれない。

「先入観、暗示、思い込み」
「先入観、暗示、思い込み」
「先入観、暗示、思い込み」


 ここでひとつ留意したいのは、一言で高齢者とよばわっても、その内実は実に多様であるということ。
 長い人生、各人何十年も、それぞれの環境で、さまざまな人生で、多様な健康状態と経験を経てきた高齢者たちは、若い連中の状態とは比較にならないほどはるかに、人体機能・認知機能に多様な格差を抱えている。
 同じ年齢であっても、かたや寝たきり、かたや隠遁者、かたや現役バリバリアスリートと、ほんとにうかつに「高齢者」と一概にくくること自体がすでに差別ではないか、とみなしうるほどに多様な人々が含まれてくる。

 日本には、稀有な例ではあろうけれど、100歳で普通に軽トラ運転して仕事なさっている男性もいらっしゃる。
 個々人のありようの多様さを一顧だにしない「**歳以上は資格剥奪」的な思考は、傍目には「個々人の多様さを無視した十把一絡げの差別扱い」と変わるところはない。すなわち「高齢者差別」。

 実は多様な人々を、やむをえずひっくるめて扱わねばならない場合、「どのような思い込みを持って扱ってしまっているか」について自覚的であれること。
 あの人と、この人は、違うことに、自省的であれること。

 そうすれば、ほかならぬ自分自身が、健やかな加齢の道を歩めるようになるんですよ。

偏見の心理学→ 『高齢者差別、加齢と思い込みをチェック!』
 ┗「年寄りはこうなる」と思い込んでいる人は老けやすい!

「先入観、暗示、思い込み」


おまけ情報 追記:

偏見の心理学→ 時事ドットコム:【図解・社会】交通事故死者数の推移
「交通事故死者11年連続減、高齢者対策効果か」
 65歳以上の高齢者の死者数(速報値)は、全体の減少幅より大きい7.7%減の2262人だった。同庁は「広報・啓発などによる高齢者対策が効果を上げた」としている。


「先入観、暗示、思い込み」

ツイッターで偏見つぶやきを数えてみると?

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ソーシャルメディアでは、てんかんについての認識が、妙なことになっている

偏見の心理学→  EurekAlert Is Twitter reinforcing negative perceptions of epilepsy?
 てんかんが Twitter上ではどう表現されているのか、分析してみると・・・

 てんかんについての言及4割が、侮蔑的なものだった
 ひどい発言に対して、諌めのtweetもあることにはあるが、偏見の再生産を抑えるためにはもっと強いアクションが必要ではないだろうか

偏見の心理学→ Epilepsy in the Twitter era: A need to re-tweet the way we think about seizures
http://dx.doi.org/10.1016/j.yebeh.2011.10.020

「先入観、暗示、思い込み」


nn 上記のてんかんについての調査は、英語圏なので「"seizure" or "seizures"」をキーワードにして実施された。

 この手の調査を行う場合、言語環境によって向き不向きが大きくわかれてしまうような。
 日本で同じ調査を行うとすると、「てんかん」もしくは「癲癇」でサーチすることになるわけだけれど、「癲癇」表記は使用頻度が低い、「てんかん」表記では「せいてんかん」とか「きぶんてんかん」とか関係のないノイズがたくさんひっかかってくる。ちょうどいい感じに使えそうなサーチ用のワードが乏しい。

 ぱっと見の感触では、日本におけるTwitter上の「てんかん」言及には、さほど差別的なものは見当たらないようではあります。どちらかと言えば、「てんかんについて、きちんと知ってもらおう」的な啓蒙がらみの情報発信のほうが多く目に付き、健全な状態に見える。

「先入観、暗示、思い込み」
「先入観、暗示、思い込み」
「先入観、暗示、思い込み」


 日本のつぶやき上で、病状に対する不当な侮蔑傾向の存在を観察できそうなものとしては、何があるだろうか。
 「統合失調症」あたりはどうかな、日本語圏での「統合失調症」の使われ方は、英語圏での「てんかん("seizure" or "seizures")」のポジションに近い部分がないだろうか・・・
 いや、それでも、日本の統合失調症TLは、健全と侮蔑のつぶやき数を比べてみても、「言及4割が侮蔑的」にはほど遠い健全さではないか。

 どうしたんだ英語圏。
 どんな文化的背景があって「てんかん言及4割が侮蔑的」になっちゃってるんだ英語圏。

「先入観、暗示、思い込み」

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